休学生の一日[day53]

朝3時20分に起きる。

   概ね寝起きが悪い。低血圧のせいだと思う。いつものメロディーが二重で掛かる。まるで布団ごと起き上がったかのように立ち上がり即座に止める。多分誰も気が付かない。そうやって起きる。すぐに布団に潜る。カーテンを開かずとも雪が降っているのがわかるのは、街灯がオレンジだからだ。あれは安上がりで雪道をよく照らすからだと、恋人と行った夜景スポットの説明書きに書いてあった。ふと何か音楽をかけたくなる。昨晩酷いことがあった。あの女。ともかくテンションがあまりにも低いので、paul buchananから適当に流す。煩い。iPhoneのスピーカーはクソだし、いつまでも落ち込んでるのも性に合わない。おれにはやることがわんさかある。だがいかんせん寒い。すぐに消す電気ストーブを全開にして少しの間布団から出られずにいる。

   理由を感じず起き上がる。3時30分。仕事がある。食パンにイチゴジャムを手早く塗りつけ食べる。均等に塗る意味はあったか?素早く噛みそして飲む。相も変わらず調子が悪いから、トリプトファンやアナバイトに抗鬱剤を摂取する。ヒートテックは結構あったかいと最近になって気がついたから、とにかくそれを着て、いつものアルパカ100%のニットを更に着る。コートは6つもあるが、どれ一つとして気分じゃない。だから暖かそうなジャケットを着る。と言っても一枚しか持っていないから、迷いはない。

 

   帰宅する。9時30分を回った所だ。一日の中で最も気合の入っている朝食を食べる。今日は日曜日で、何の日課もない。強いて言えば、今日はもう一食追加で食事を摂る日だ。週に一回は、単に太るための日が必要だ。初めはうまく食事すらできなかったが、プロバイオティクスを摂るようにしてからは少しずつ消化効率が高まってきたようで、2ヶ月で無理せず2kg増量した。午前は行きつけの図書館に行って、名言集を見て過ごそう。そう思った矢先、家族が同じ図書館に行くと見受けられた。失せるものがあった。身体に疲労が蓄積しているらしく、メールを確認し、RMTサイトに登録はしたもののちっとも売れないゲームアプリにログインだけして、すぐ横になる。

 

   起きたら既に15時になりかけている。もう無理だ。本日は終了した。大体そうだ。夕刻に目覚めることは一日の終了を意味する。義務教育は15時前後にその日を終える。そう、僕も終わった。雪は止んでいた。

 

   まだらな気持ちで、お湯を沸かす。ラッキーだ。インスタントの味噌ラーメンがある。これにチーズをかけて食べるのがうまい。まろみの相乗効果が化学味を抑えてくれる。沈殿したチーズをあらかた処理したところで、外で2~3本吸う。非喫煙者だが、時々吸いたくなることがある。冷えた日は燃焼速度が遅く、それなりに美味い。

 

   オプションを全て取り払った学習机には美術、物理、哲学、仏文学など、全てまともに手につけていたら何周もの人生が必要になる分野が揃っている。普通は選択することが大事なのだろうが、生憎おれには自分で制御できない人生の避けられない回り道があったから、それを取り返すだけの権利があるし、ここにある分をどうにかできるくらいの時間はある。間髪入れず数式に向かう。複素数。高校以来だ。文科系だったため触れてない部分もあるが、入門書ということもあり全て理解した。女から連絡が来る。我が儘な奴ばかりだ。それを微塵も感じさせない返答をし、上がらない気分を季節のせいにしてひたすら『初秋』を読んだ。私立探偵の主人公が劣悪な家庭環境から引き取った他人の息子を一人前に育て上げる物語だ。自分の思春期と重ね合わせてしまうものがある。そうこうしているうちに日は沈み、無性に食べたくなった醤油ラーメンを求めいつもの店に向かう。変化が欲しいという理由でダブルのコートに全く似合っていないキャップを被る。出がけに思う。ひどい。

 

   いつ開店してるんだ⁈今日もやっていない。もうこんなことが4度続いた。もうあの青くさい後味のするヘド身のあるラードメンなぞ食ってやらねえと毎度のように愚痴る。看板は機能しておらず、もはや下げられた丼がカウンターに並んでいることが奇跡としか思えなかった。代わりにいつものパン屋でいつものパンを頼む。駄目だ。今日は冷めている。死にかけのパニーニを咥えながら、おれは再び数式を解いた。簡単すぎる。こんなこと今すぐにでも終えたい。しかしこれは高等数学に入る前のストレッチなのだ。ストレッチを怠れば、柔軟性が損なわれる。そこから先は運悪く怪我なりなんなりすればいい。おれはもはや重症なんだ。だがそれより、おれは柔軟でないことが嫌いだ。だから、念入りにクソみたいに単純な数式を追い、新たな概念を理解した。 

 

   明日は仕事がない。9時まで寝ていられるから、三たび数式に向かう。とにかく、寝るまで数式に向かう。物理屋は寝ている間に数式を解くという。おれは空を飛んだことはあるから、この辺に関してはなんとかなる。乗ってきたから、ウイスキーをストレートで流し込む。不味い。ウイスキーは諦めるから、林檎の味は乗せてくれ。そうヒステリックに叫ぶ女の声が聞こえてくるようだ。ブラインドアーチャー、スパイスド アップル。

 

   昼からは恋人に会う。だから、リプライセルをふた袋流し込み、寝香水にエルメスのナイルの庭を腰に吹き付けた。青みのある香りで、冬空に溶け込んでしまいそうな嫌味のなさだから、いくらコロンの長持ちするおれとは言え、出がけにもう一度重ねる必要があるだろう。

   

   電気ストーブの灯が消えるには、まだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

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